マイペースなプログラミング日記

x86エミュレータやFPGA、WebGLにお熱なd-kamiがマイペースに書くブログ

パソコンを買ってから14年が経つので〜

パソコンを買ってから10年以上経ってる気がしてきたので振り返ってみるを久しぶりに読んでそろそろ、内容を更新しようと思い、このエントリを書くことを決意。基本的に内容は同じだけど、微妙に付けたしてある。あと2011〜が追加部分

2000年〜2001年

パソコンが家に届く。このとき特に勉強する気がなかったので、フリーゲームなどで遊んでばかりいた。完全にゲーム機化していた。プログラミングを始めるのは2002年あたりから始めたはず…いろいろパソコンに不具合を起こさせたり、ウイルスに感染してた

2001年〜2003年

携帯電話を購入。メールばかりしているうちに、HTMLが使えるタグメールで遊ぶようになる。その後、HTMLを知りパソコンでウェブページ作りなどする。それがエスカレートしてJavaScriptPerlに手を出す。しかし、この頃SimcityMMORPGで遊んでいたため、そこまで力を入れていない。AoCもこの頃やっていたような気がする。そして受験勉強があるためパソコンの利用率が少しだけ下がる。無事神奈川大学に入学が決定した。AoCはAIのナイトメアと戦ってた。中国でナイトメアのハードを倒す

2003〜2004

大学に入る前にプログラミングを本格的に始めようと思いCかJavaの選択肢で悩む。C言語は他の高校ではすでにやってたりして先に進んでるもんだと思い、他の人がやってなさそうなJavaを選択(完全にその頃のイメージ)。GUIに興味を持ってたのでSwingを使うようになる。2003年後半からC言語の授業があったので、そこで少し学ぶ。それまで怖いと思って見てなかった2chのあるスレを見るようになる。それから2chに興味を持つようになった。HSPもやっていて、Win32APIに手を出すようになる。ポインターポインター

2004〜2005

Visual Studio.NET theSpoke Premium version 2003を購入。C#を勉強する。2chのとあるゲームを作るスレでゲーム作りに興味を持つ。使ったことの無いC++でマップエディタを作成し提供した…がその後現れた私より凄い人に出番を奪われる。まぁ、ゲーム作りにはプログラミングを始めた時点で興味はあった。また、2ch複数のスレにおいてぬるぽを叩いてた。まぁ、暇人だったのだろう

2005〜2006

忘れかけていたtheSpokeを見てImagine Cupの存在を知りVisual Gaming部門に参加。期限1週間前の参加だったが、その課題の最高点を叩き出し1次予選通過。2次予選でボコボコにされる。Google Code Jamに参加するも1次予選敗退。A*アルゴリズムを勉強するようになった。

2006〜2007

Imagine CupのVisual Gaming部門とAlgorithm部門に参加した。Visual Gaming部門では1次予選で最高点をだすも2次予選ではいわずもがな。Algorithm部門では1次予選でぎりぎり次のラウンドに進める200人以内に入り込み、Round2に行くが、Round2でバグのあるプログラムを提出してしまい、同率の最下位に終わる。Google Code JamやTopCoder Collegiate Challenge - Algorithm Competitionに参加するが、いい結果はだせずに終わる。この頃からTopCoderに参加し始める。また、何故だかJavaで自作テキストエディタを作成し始めるが挫折している。あとGWTを触り始めたのもこの頃かららしい。はてなダイアリを始めたのはこの頃。Looking Grassとか懐かしい...Java3DとかRawSocketとかやってたらしい。パソコンを組み立てFedora Core 4をインストールするなど、いろいろやっていた

2007〜2008

留年決定。思ったより大学のレベルが低く、自分の周りにいた学生の意識のあまりの低さにやる気を無くして、大学に行く意味を考えすぎてしまった。TopCoderImagine Cupへの参加は続け、それなりに楽しんでいたが結果は良くなかった。いくらか賞金を貰った。Form W-8BENを書いたりアメリカ大使館に行ったりした。あと2chの『OSを作ろう』スレの影響で自作OSを作り始める。x86なんて知らなかった。特権レベルなんて知らなかった。

2008〜2009

筑波大学大学院ソフトウェア研究室に入った。筑波大学を知ったのは日経ソフトウェア登大遊さんの特集を見てしり、筑波大学のページを見てソフトウェア研究室という名前が目に入り、見学をして、そのときの先生とのやりとりで「ここだ!」と決めた。自作OSはマルチタスクの部分で挫折へと向かっていたが、優秀な大学院の先輩の助言で、なんとか切り抜ける。というかほとんど助言のおかげでできている。それまで特権レベルとか知らずにいたし、恥ずかしい。そういえばこの頃はWicketにはまってたな。気づいたらTwitter始めていた。TopCoderはまだ続けていたらしい

2009〜2010

Wicketや自作OSなどでこの年は始まっている。RubyでRawSocketなどを使ったりしていた。RubyJavaで遊んでいたがTopCoderなどはあまり参加をしなくなっていった。マルチタスクに成功したのはこの年だった気がする。また自作難読言語作成などをした。一時期モンハンにはまる、あとPlan9をインストールしたりしてた。モンスターハンター3にはまったり、softlab hackathonという内輪のhackathonがあったりなど

2010〜2011

Android携帯購入。Androidのプログラミングを楽しむ。また、アセンブリ言語を使っているときの思い付きからx86エミュレータの作成を開始。自分の作っている範囲のプログラムならエミュレートできると思っていた。自作OSをあまりやらなくなりエミュレータ作りが活発になる。Twitterなども利用してかなり進んだと思う。Kernel/VM探検隊の参加やx86勉強会の開催など外部の活動でも結構充実してたと思う。Arduinoもやっていたらしい。Twitterクライアントを作ってる時期もありましたね!研究室の仲間から教えてもらったCall of Duty 4にはまり、Call of Dutyシリーズを買いまくる

2011〜2012

凄いプログラマになるはずだった年らしい。x86エミュレータAndroidアプリを中心に開発を行っていた。TwitterクライアントやAndroidテキストエディタを作っていた。Beagle Board-xMや3DSを買った年でもある。Beagle Boardは今は封印されている。GWTGLやThree.jsを使い始めるが、WebGLには挫折している。シェーダなんてわかんねーよ状態。ただモデリングやUnityなど3Dには力を入れていた。

2012〜2013

ARMを頑張ろうとしてすぐ挫折した年。大きな目標は挫折へと変わる。gl.enchant.jsに手を出し、ゲームを作り始める。モデリングが上達していったが、ドライヤー(銃)しか作ってない。3Dへの力の入れ具合が増し、シェーダを弄るようになる。HTML5Canvasを使ってローグライクな何かを作ろうとしていた。またモンスターハンター3Gにはまった。WiiUを購入

2013〜2014

AndroidVPNしようとしたり、2Dグラフィックライブラリで3Dをしようとしていた。DE0を購入しFPGAに興味を持つ。シェーダの力が付き始め、いろいろやり始める。さくらVPSの契約を結び、HTTPサーバを立てたりした。MMDに興味を持ち、Rubyでモデルを動かそうという計画を立て実行し、アニメーションやシェーダに苦労しながら描画はしたが、物理演算には到達していない。シェーダはShadow Mapやグローバルイルミネーションに興味を持つようになる。OpenCLを勉強したときもあったが進展はしてない。PlayStation Mobile SDKで遊ぶためにVitaを購入した。また、とある人の指示もあり、球面調和関数に手を出したり、Ambient Occlusionに手を出し始める。

2014〜

きっと凄いプログラマーになるだろう